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« プラモデルパーティー参加してきた♪ | トップページ | ヤマトークナイト第三章 その2 »

2012.10.25

ヤマトークナイト第三章 その1

10/23(火)ヤマトークナイト行ってきたです。

彬良さんだし、絶対時間伸びるから帰れなくなる確率高いよな~~
どうしよう((ヽ(゚〇゚;)オロオロ(;゚〇゚)ノ))
と、一瞬思ったんだけどさ。

彬良さんだよ?
行けるのに行かないわけにはいかないでしょう!

ってことで。

まさかスクリーン1だなんて思わなかったから
また瞬殺かも!
ってことで、会社でこっそり、トイレにこもって携帯でチケット購入。

おかげで?
L17って、映画見るのにはとっても良い席が取れたんだけど、
トーク聞くならもっと前でもよかったかな~~って感じ^^;


と、前置きはこのくらいにして。

映画は宣伝は「ねらわれた学園」のみで開始。

なんかこの日は眠かった&頭痛いってのもあって?
ちょっと寝ちゃったり(オイ)したのもあるし、割と冷静に見てた気がする。

まあ、それもいいか^^;

映画終了。

で、準備があって、ヤマトーク開始!

いつもの司会の人が出てきて説明。
今回はアンケートなし。
その分いっぱい話を聞くためってことでした。

で、監督、彬良さん登壇。

監督「毎度ですみません。総監督の出渕です」
彬良さん「お招きありがとうございます。音楽担当の宮川彬良です」
みたいな挨拶。

あ、セリフとか、「」ついてても、なんとなくこんな感じだったってことでご了承ください~~

実は彬良さん、早く来て、一緒に映画観てたらしい。
しかも初見。
「まだ解析回路が働いてない」
「4つのエピソードの内容が濃くて」
「7話 終わってコーヒー飲みたい」
「8話 お菓子食べたい」
「9話 ほっといてくれって言いたい」
「一、二章もみたけど、三章は2回以上みたい」

「9話が印象に残っている」

実はこの話の絵本のシーンで出てくる曲は「絵本」というタイトルの曲を彬良さんがかいたとのこと。

依頼され、これはただ事ではない、コンテ送ってと依頼。
でも彬良さんは本を読む人間なので、コンテではなくシナリオを送ってもらい、これはいい話だと思った。
で、そのシナリオに直接メロディをかいたとのこと。

映像観て「よかった」

監督「ヤマトらしくない曲。ねらった」

この曲はこの話でしか使わない。
もしかしたら合うシーンがあったらつかうかもしれないけど、基本これにしか使わない。

他にもこのシーンのため、って曲を作ってもらった。

次の章の冒頭もそれ、とのこと。


そのあと「恒例のヤマトとのなれそめ」

彬良さん
「ヤマトにふれたのは本放送を見た口。オンエアで」
お父さんがやってるのはなんとなく肌でわかっていたが、そのころお父さんは仕事場に住んでいた状態で、家には帰ってこない。

それをいいことに?お父さんの部屋のポータブルテレビでこっそり見たそうです。

監督「悪いことしてるみたい」
彬良さん「ノーコメント」

っておっしゃってたんですが。

実は1Fの居間のテレビは妹さんがハイジを見てたから、2Fで観たそうです。

「一家の家長が作ってる作品が負けた?」

「父は湯気出してやってるけど、『2Fで観てきます』と」
「自分もハイジは好きだったので、言えなかった」
というような話を^^;


司会「自宅にヤマト関係のものはないんですか?」

彬良さん「実は今日のために年表を作ってきました」

74年 13歳 中2 バンドをやっていた。
ヤマト観て感化され、バントでもヤマトの影響受け多極を作ってやっていた。

クラスでもやっぱりヤマトが好きな子が3人いて
「お前のところにヤマトのものはないのか」と言われた。

引っ越しして1年、いや、2年、3年かな?
でもそのまま紙の束がひもでくくってあるものがあった。
それはヤマトの台本26話分。
ちゃんとしたものではなくガリ版
あと最初の企画書のようなもの。アステロイド…というような。
生写真がはってある、アルバムのようなものがあった。

彬良さん、それを風邪をひいて3日学校を休んだ時に熟読した。
あれがこうなったんだ、と分かった。

だけど当時の彬良さんはそれが価値があるものとは思わず、友達にあげてしまったそうです; ̄ロ ̄)!!

ほかにも
宮川奏さんが歌ってるヤマトのテープもあったと。

「ちょっと音が違う」って彬良さんちょっと歌ってくれました

で、このテープを見つけたころは「鑑定団」が始まって、
「これは価値のあるものかもしれない」
と思って取ってあったんだけど、引っ越しでわからなくなってしまったとのこと(>_<")

ここで、彬良さん、ポケットに入れてあったカセットテープを出し。

ヤマトIII BGと書いてある。

ここでちょっとテープの話。

監督「当時英会話の教材を売りに来る人がいた。親に勉強するからとかってもらうけど、そんなものには使わない」
「ヤマトの再放送とか録音するけど、絶対親の怒鳴り声とか入ってケンカになるんだ」
ビデオデッキは高くて買えなかった、という話も出たけど。

同行者とも話したんだけど、みんなマイクで録音してたの?
自分当時からテレビとデッキラインでつないで録音してたんだけど。
デッキは親に買ってもらったと思うけど、なんでかケーブルの存在しって、自分で電気屋さんに買いに行った記憶はあるもの。

あと比較的早くビデオデッキも親に買わせた記憶が…
オリジナルの時はさすがになかったけど、2の時はあった。
再放送も撮った記憶が。
母親がいなくなって家事全部やってたから、そのかわり!って親を脅して?
当時20万くらいはしたような?
でもテープはそんなに買ってもらえず、観ては消し、ってしてたけどね^^;

あ、話がそれました。


監督と彬良さんは同期生なんです。
IIIではじめてかかわったということで。

監督「あとでレコードで初めて知った」
第18機甲師団の説明に「息子がかいた」ってあったので。

彬良さん「IIIは1980年10月から1981年4月なので1980年に録音」

第18機甲師団が入ってるテープは「ヤマト第三作」と書いてある。
実はマイナンバーでは三作目なんです、と。

で、テープをかけるということに。
どれから行くかということで、その第三作と書いてあるものから。

ちなみにテープのままではなく、CDに焼きなおしたとのこと。

で、第18機甲師団。

私たちが知ってる曲よりテンポが早かった。

監督「ダゴン将軍の。今は徳川さんの麦人さんが寺田誠名義の時の」
司会「敵の音楽にきこえませんよね」
彬良さん「敵の音楽だったの?」

18は彬良さんのラッキーナンバーなので、自分の曲だと思って。
ちなみに18か19の、浪人生の時に書いた曲だそうです。

はあ。
やっとここまで。

このあと正直「え~~」ってことが。

ちょっとつぶやいたけどね。

ってところですが、
今日はここまででごめんなさい。
また続きは明日以降に書きますです <(_ _)>

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